女性は非日常を愛し、男性は日常を愛する


DSC_0284-1

 男女双方の話を聞いていると、女性はより、非日常を愛し、男性はより、日常を愛しているようである。たとえば、つきあいはじめたばかりのころは、評判のレストランを予約して、かつ奢ってくれたのに、今じゃ居酒屋で割り勘、と愚痴るのはたいてい女性。どうしてそうなるの?愛が冷めたの?と男性側に意見を聞いたことがある。違うよ、高級レストランから居酒屋に下降したのではなくて、居酒屋を目指してまずは高級レストランなんだよ、との答え。まあ、言わんとしていることはなんとなくわかる。
世界は終わりそうにない』(角田光代 著/中央公論新社)より

■世界に対する圧倒的肯定感
先週、仙台文学館でこの本の著者角田光代さんと井上荒野さんの対談を聞きに行ってきました。各々に「私には真似できないと思う点」が質問され、荒野さんが角田さんについて、「世界に対する圧倒的肯定感が真似できないな~」という言葉が印象に残りました。この言葉に興味がわき、2人の作家さんの本が並ぶ中で、この本を買ってサインを書いてもらって帰ってきました。また荒野さんが言う「作品の中にある破れ(不完全だけれど面白い)」という視点、とても興味深かったです。小説の基本として、登場人物の履歴書をリアルに考えてから作品作りに入る技術もお話されていて、仕事でも日常でも活かせる内容でした。

■未知の世界を分かち合いたいか、馴染みの世界で安堵をともにしたいか
角田さんのエッセイを読み進めると、実はどちらも「相手を考えてのこと」というオチがわかります。男女の違いは、染色体の違いに始まり、脳の作りが違っていて、社会性というのも違いを形成することに関係しているが、「違いあれども、出発点の思いはもしかしたら同じなんだ」という考えが出てきました。

■あるあるシーンが微笑ましく変わる
抜粋部分に「あるある」と頷かれる方、多いんじゃないでしょうか。私もその一人。こんな場面、次々浮かんできます(笑)。“誕生日なのに、なぜにこのチョイス?”とか、“一緒にでかけようと言っているのに、一人で先に行っているってなんで?”とか(笑)。近くなればなるほどに、私は非日常で喜ばせようと思い、相手は日常をみせてより親しくなろうを思ったのかも知れません。角田さんのエッセイの読後には、「違いがあるから分かり合えないのは当たり前」と思っていた部分が、「そうだったのね。たまには、そちら側に委ねてみようかな。」と、微笑ましく思えてきました。身体的な補完関係だけでなく、男女の感覚が補完しあうことで世界のバランスが保たれるよう、神様は計算されてお作りになったのですね。

★ぷち日記
今日は寒かったですね~。R47の温度計、日中なのに6℃というところを見つけました。今シーズンは冬タイヤを購入したので、早速今日タイヤ交換をして、雪のピークまで、走りなれたいです。
12月の年末案件を進めながら、1月のイベントの話に着手。余裕あると思っていたら、意外に時間が無い!大体がそんなパターンで、反省です。
とは言え、夜は、津軽三味線の稽古に行かせて頂きました。今日は、私より1か月先に津軽三味線を始めた小6の兄弟子も一緒に練習。私がまだ暗譜できていない部分も、先輩は暗譜して滑らかなに弾いているではないか!「すごいね~、ここちょっと私にも教えて~。」と、先生が席を外した合間に、こっそりやり方を教えてもらいました(笑)。そして的確に私に教えてくれました。頼りになるなあ~、小6の兄弟子くん★また一緒に12月演奏予定があります。楽しみです!!