日記を書き続けることで、変化・成長を客観的に自覚する


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話が大分横道にそれましたが、日記を書き続けることで変化してきたのはどんなことかというと、敏感になったことでしょう。それまでなら「まあ、大したことないや」と思っていたことが「気にしたほうがいい」と感じるようになったこと。反対に、気にしていたことでも、「今日はこういうことがありました」くらいでいいだろう、という考え方をするようになったものもあります。それは僕が成熟することの変化であったり、他の変化であったり、とさまざまです。それを意識しないでいても、毎日書き続けることで、自ずから表れてきます。見れば出てくる。
日記力―『日記』を書く生活のすすめ (講談社プラスアルファ新書)』(阿久悠 著)より

■日記は「感察」
前半に続き、作詞家・作家阿久悠さんの日記に関する本の後半を読みました。作詞家活動や作家活動を支え続けた日記を書く習慣。最終的には仕事へ活かされた訳ですが、政治・経済・社会動向を「感察」し、自分なりの考え方を整理する上でも、日記が人生の礎になっていることがよくわかりました

■迷ったら、日記を見返す
100年日記を継続している私ですが、その良さを実感したのは、書き始めて2か月後ぐらいだったと思います。2つの事柄から物理的な面も含めてどちらか一つを選択しなくてはならない場面があり、いろいろな要素に考え込んでしまい、どうしたものか悶々とした気持ちで朝を迎えました。塞ぎがちで、いつものように日記を書き始めていると、過去に書いた日記の中に、ピンと来る答えを自分自身が書いているのを読み返したのでした。それは、“こんな時はこうしよう”と、素直な気持ちで自分で決めていたこと。自覚した時、胸のつかえがとれ、自分自身も納得できる“相応しい選択”を見つけることが出来ました。

■「日記は自分を映す鏡」
これは100年日記の考案者であるコボリジュンコさんがおっしゃった言葉です。単なる暮らしの記録にとどまらず、自分の内面を探り、描いた夢に向かって成長するためのツール。自分自身で制約を決めてしまっていることを自覚したり、自分をコントロールするにはどうしたらよいかなども、うまく自分なりで探せるようなやり方だと感じています。ひょっとしたら「気にしなくてもよかったこと」に、自らの意志て囚われているよと、日記や書く行為を通じて、自覚させてくれます。

★ぷち日記
今日は、お昼にサイト掲載店さんへ行き、その足でバドミントン練習に直行。お昼を食べながらオーナーさんとお話ししていたら、、また興味深いキーワードに遭遇しました。「よいプライド、悪いプライド」について。これも考えてみたいなと思ました。
そしてバド練習は、すでに筋肉痛(汗)。予定が合わない人が多く、いつもより少ない参加者人数だったため、数えたらゲーム戦をひとり12試合以上をしていました。先週の日記欄に自分なりにいい返球コースをメモしていたので、今日はこの点を意識して練習に励みました。やはり日記に書いておくことで、前回、前々回、その前・・・などに考えていたことを振り返り意識してできる。「日記書くって、面倒だろう」と思われがちだと思いますが、100年日記は、今までと違った日記術です。


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