人生には、いたるところにサインがある


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「人生には、いたるところにサインがあるのよ」
「サイン?」
「そう、日本語で言えばお印。まあそれはノイズに紛れているから、あんたみたいな鈍感な人は見分けがつかない。たとえば…女装して、お店に来て、あたしと会った。最初のサインは女装で、次があたし。そしてさっきまた偶然再会したでしょう?これも立派なサイン。全能の神がそう導いているって感じがしない?」
「ええ・・・そういえばなんとなく」
アルトリ岬 (PHP文芸文庫)(加藤将一 著)より

■イントロ「生きる目的」とは
少し前に「この本面白かったよ」と読書会メンバーから紹介をしていただいた本。買ってそのままになっており、今日は新幹線で東京方面へ移動する予定があったので、車中で読もうと久々に手に取りました。出だし1行目「人は何のために生きるのか?」に始まり、「いかなる哲学者も、どんな天才でも、つまるところ分らなかった」と、一旦は締めつつも、次のページをめくると、「そして分かったのだ、生きる目的が。簡単なことだ。」と続く。「これから話すことは真の幸せに気づかせてくれた人物と我々家族との交流物語だ」として、本編へと誘います。

■出会いは必然?セレンディビティ
主人公の相川文弥は、何事にも自信がない中年男。平凡な暮らしを望んでいたが、息子はひきこもり、娘は放浪癖、妻からは離婚を突きつけられ、突然のリストラを突き付けられるます。現実逃避から「女装」することに安堵を覚えて通ううちに、いわゆる「オカマバー」を経営する通称“アーチャー”という人物と会い、身の上を話すうちに、人生を再生させるための策についてアドバイスを得ます。その場面が、上記抜粋部分。そしてアーチャーのアドバイス通り、新天地として北海道を選び、住まいを借り、仕事を見つけ、家族を呼び寄せて暮らし始めます。

■サイン・・・!?
経験を積むこと、出会いを重ねることを、「チャンス」として見いだせるかどうか。“全能の神”が導いてくれているという。真実を議論するつもりはありませんが、やはり“出会いは必然”と思われる出来事ってあります。もっと言えば、「そう!実はそれについて聞きたかったの!」とか「よくぞ、イイタミングで言って下さった!」とさえ思える場面に出会うと、魂が揺さぶられる。そんな熱い気持ちを呼び覚ましてくれます。この引用部分の前には、こんなやりとりも。
「だからあんた、今までなにを信じてきたの?」
「なんといいますか、流れのままといいますか、でも結局最後は自分の判断でしょうか・・・」
「で、このザマじゃない?」
“ノイズ”と“サイン”の見分け方など、とても興味深い流れで、作品の中に一気に引き込まれました。まだ前半なので、後半の結末が非常に気になる作品でした。この本に出合わせてくれたのも”サイン”かしら。もっと早く読めばよかった…。鈍感ですね(笑)。小説はとにかくどんな俳優を当て込むかを考えるのが面白いですねー。

★ぷち日記
本日は、古川→仙台→東京と移動した一日。昼にも、夕方にも、夜にも、大切な方々を食事やお茶をしながら、お話しました。読んだ本とリンクするような気分になる、そんな語らいを楽しんだ一日。お会いした方々の発言の端々に自分の人生に必要な言葉を投げかけていただいているなーという気分になった一日でした。明日は朝から都内で勉強会。


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