物事は経験だけで判断できない


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昔はよかった。
私たちの若いころはこうだったのに。
しかし、今の若い人たちときたら…。
そう嘆きたくなるときもあるかも知れません。
けれど、そこで終わってはいけないと思うのです。
私たち歳をとった者が考えるべきことは、まず、「自分たちはこうだったけれども、今は違うのかもしれない」ということではないでしょうか。
そういう考え方が、生きるうえでは、とても大事だと私は思います。
ほんとうの贅沢』(吉沢久子 著/あさ出版)より

■「昔はこうだったのに」と言っていませんか?
前半に続き、後半部分より。著者は97歳のエッセイスト吉沢久子さんです。日常を通して、「自立」とは何だろう?ということを全体のテーマとして書き上げた一冊です。戦争も経験し、高度経済成長とか、バブル崩壊とか、約100年の人生経験を積まれてもなお、「変化」にはとても柔軟だな、と感じました。

■我が家の祖母の場合
我が家にも91歳になる祖母がおり、同居しています。事あるごとに「戦争当時はこうだった」「お嫁に嫁いできたときはこうだった」「農作業はこうしたものだ」など、やはり、昔の記憶はつぎつぎ蘇ってくるようで、同じ話を何度か聞かされています。「ばあちゃん、もう分かったよ。でも“今”は、機械もあるし、物価もこの通りだし、そんなことはないんだよ」などと、こちらも語調を強めて反論してしまう時があります。

■私の選択
祖母には教わることも多い。けれど、それはそれとして、今の私なら、吉沢さんのように「自分たちはこうだったけれど、今は違うのかもしれない」という意見の方が素敵だなと感じます。昔の話をしないでくれ、というのではありません。やはりどんな風に過ごしたか、考えたかを教えてくれる存在はとっても貴重。それでも押し付けずに、「当時からみて、今はこんなに変わっていい部分もある」と“今”についても考えたいなと思うのです。
そして自分自身にも、そろそろ若手と関わる時が増えてきているので、吉沢さんのようなスタンスでいたい、と思います。刻々と日々変わっているので、自分の知らないことを、年齢関係なく教えてもらうことが多い。若者や子どもたち、年長者とも幅広い世代と付き合えたら素敵だなと思います。

★ぷち日記
昨日は予定どおり地元のさくら祭りで、先生たちにも応援いただき津軽三味線を演奏させていただきました。プロジェクションマッピングや竹灯篭とあわせた津軽三味線。動画で振り返ってみたのですが、幻想的な感じで、自己満足になってしまいますが、とてもよい場を経験させていただきました。
また今日はバドミントン練習へ。昨日の疲れも少しありましたが、予定を立てていたので参加できて良かったです。


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